初期のクーポン

1950年代、大量生産の時代に入るとセールス・プロモーションのクリエイティビティも開花し始めた。コンテストやプレミアムが流行し、TV も全盛、広告代理店は「ライフ」や「ルック」の雑誌にみえる見開きの広告に力を注いだ。また、数多くの新製品が市場に導入され、徐々に新製品トライアル促進のためにクーポンが利用され効果をあげた。この頃、クーポンはあまり組織化されておらず、活動記録はあまりない。しかし、次に挙げる7社が、クーポニングに積極的であった。プロクターアンドギャンブル、ゼネラルフーズ、コルゲート、リーバー・ブラザーズ、ゼネラル・ミルズ、スコット・ペーパー、そしてA・C・ニールセンである。

1965年には、A・C・ニールセンのクリアリング・ハウスがクーポンの発行に関する数字を公表し始め、他の情報ソースとあわせ、クーポンに関する状況がある程度明らかになった。

 

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